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縄文時代に争いはなかったのか? 【上野原縄文の森】

いきなり少し強いタイトルで、驚かれたかもしれません。
けれど、いまの世界や日本の状況にふと目を向けたとき、「平和」や「争い」とは何なのだろう、と考える瞬間があります。

現在と過去を単純に比べることはできませんが、近年「縄文時代は比較的争いの少ない時代だったのではないか」という見方が注目されています。縄文時代はおよそ1万3,000年前から約2,300年前まで続いた非常に長い時代ですが、特にその初期にあたる時期には、戦いによる明確な殺傷痕を持つ人骨がほとんど確認されていないとされています。

過去にタイムトラベルして確かめることはできませんが、鹿児島県霧島市にある上野原縄文の森には「文明」と呼ばれるものが形になる前、縄文時代早期の遺跡が残されています。
縄文文化の“はじまりのかたち”を、見て、触れて、感じるために、この地を訪れてみることにしました。


鹿児島県上野原縄文の森

はまだ
はまだ

実はわたし、霧島市出身です。上野原縄文の森は筆者が小学校中学年のころに考古学テーマパークとして開業しました。当時は歴史にも疎く、縄文時代早期の史跡がどれほどに貴重であるかも理解が浅かったのですが「新しい遊び場所」ができたくらいの感覚で両親に連れていってもらったような記憶です。
小難しいことが分からなくても、考えていなくても、小さなお子さんと一緒に遊びながらフィールドワークができる場所です◎

(イラストは生成AIを使用)

上野原縄文の森は、2002年に開園した考古学テーマパークです。きっかけは1997年、九州自動車道の建設に伴う発掘調査で、縄文時代早期の大規模な集落跡が発見されたことでした。
(以下HPより抜粋)
上野原遺跡は,縄文時代から中世までの複合遺跡。特に,約10,600年前の2条の道跡とともに発見された52軒の竪穴住居跡群や調理施設とされる集石遺構と連穴遺構などは,九州南部地域における定住化初期の様相を示す集落跡です。

さらに,約8,600年前の埋納された一対の壺型土器や土偶,耳飾り,異形石器などの多彩な出土品は,縄文文化がいち早く花開いた九州南部の特色を示すものとして注目されています。約9,500年前の竪穴住居群などが確認され、この地には確かに人々の暮らしがあったことが明らかになりました。現在は復元集落や体験施設が整備され、縄文の時間に触れられる場所として大切に守られています。

鹿児島県上野原縄文の森

施設案内

【開園時間】
展示館:午前9時~午後5時(展示館入館は午後4時30分まで)
体験学習館:午前9時~午後4時30分(受付は午後4時まで)
【休園日】
毎月曜日(休日に当たるときは、その翌日)
(4/29~5/5,8/13~8/15は無休)
12/30~1/1(年末年始)2月中旬(臨時休園)

【利用料金】
個人・小・中学生/150円 高・大学生/210円 大人/320円

【駐車場】
400台(無料)


展示館

見学エリアでは、以下4つの施設を楽しむことが出来ます。

■見学エリア
・展示館(※今回行ったのはここ!)
・地層観察館
・遺跡保存館
・復元集落

駐車場のすぐそばにある施設
受付近くに、早速かわいいグッズを発見。

施設内は上野原遺跡の重要文化財を中心に,鹿児島県内各地からみつかった土器や石器等の遺物を展示しています。

初期土偶ってこんな形なんだ!と衝撃を受けた逸品。

上野原遺跡で見つかった土偶は、縄文時代早期に属する九州最古級のものです。後の時代に作られた装飾的で力強い土偶とは異なり、その姿は驚くほど素朴で抽象的です。
手のひらに収まるほどの小ぶりなサイズで、人の形を模してはいるものの、目鼻立ちなどの細かな描写はほとんどありません。完成された造形美というよりは、土に「祈り」を込めるという行為そのものが形になったような、文化の産声を感じさせる存在です。
純粋な精神性に触れることができる貴重な遺物といえるのかもしれませんね。
カッコよくないですか?!!この土器に感銘を受け、後に土器体験で再現を試みます・・・

上野原遺跡を語る上で欠かせないのが、縄文時代早期を代表する「角筒形(かくとうけい)土器」です。最大の特徴は、その名の通り口縁部に角のように突き出した四つの装飾。全体的にシンプルでありながら、どこか野性的で力強い造形が目を引きます。この土器は主に煮炊きなどの日常生活で使われていたと考えられていますが、その独特な意匠からは、単なる調理道具を超えた「こだわり」が感じられます。日々の暮らしの中に、ある種の祭祀的な祈りや精神性が溶け込んでいたのかもしれません。

縄文文化の黎明期において、人々がどのような感覚で形を作り、何を大切にしていたのでしょうね。

このような遺物をみると、現代の私たちと変わらない「美意識」が縄文時代にもあったのかもしれない、と不思議な親近感を覚えます。
ただ、それは単なるお洒落以上に、切実な「祈り」と結びついていたのか…?医学や科学がない時代、耳などの「穴」から入り込む災いを防ぐ「魔除け」としての役割や、集落内での役割を示す証としての側面もあったのか…?

展示物も、ひとつひとつじっくり見ていくと、当時の生活の様子や人々の価値観が少しずつ輪郭をもつように思い浮かぶようです。土器のかたちや装飾、道具の使い方の痕跡からは、日々の営みの工夫や自然との関わり方が感じられます。

展示館は、上野原の縄文の世界をイメージした,「縄文シアター」やジオラマ,映像資料なども充実しており、当時の暮らしや風景を視覚的にわかりやすく伝えてくれますよ!

おまけ。なんちゃって縄文人体験も!

体験学習館

体験エリアでは、以下4つの施設を楽しむことが出来ます。

■体験エリア
・体験学習館(※今回行ったのはここ!)
・祭りの広場
・アスレチック
・展望の丘

展示館を2階に登って渡り通路(外)から移動。一度、屋外に出てからも行くことが出来ます◎

室内は明るくひろびろ!

体験メニューも様々あるので、時間と相談しながら複数チャレンジしてみたいですね!

今回は、土器作りに挑戦しました。展示館で感銘を受けた「角筒形(かくとうけい)土器」をど~~うしても作りたくて。通常の円形の土器よりも角形のほうが難易度が高いそう。

スタッフさんが丁寧に説明をしてくれました。材料をもらってレッツ土器!

角形だけど、最初は円形で作るようです。

焼いたら小さくなるので、気持ち大きめに・・・

貝殻で模様をつけます。実際の上野原縄文の森の土器も貝殻で模様をつけていたそうですよ。

見本に近い、装飾をつけて完成!
うん、不格好!!!笑
土の量が少なかったという要因もありますが、角を出すのが想像以上に難しかったです。

仕上がりは約1か月後!


縄文時代に争いはなかったのか?

実際に上野原縄文の森を歩いてみると、そこにある「平和」のかたちは、単なる理想ではなく、当時の人々にとっての現実的な選択だったのではないかと感じられます。

館内に並ぶ遺物を見渡しても、“人を傷つけるための道具”と呼べるものは見当たりませんでした。もちろん、それだけで「争いがなかった」と言い切ることはできません。けれど、長い年月の中で大規模な戦いの痕跡がほとんど見られないという事実は、現代を生きる私たちにとって非常に印象的です。自然の恵みを受け取りながら、必要以上に奪わず、共生していく――。そんな価値観が、この時代には確かに息づいていたのかもしれません。

後の弥生時代になると、殺傷の痕跡が残る人骨や、外敵を防ぐための堀(環濠)を巡らせた集落が各地に見られるようになります。(展示館内のパネルでもその旨紹介あり)その劇的な変化を思うと、上野原の開放的な集落跡が持つ意味は、よりいっそう際立ってきます。

また、展示されている土器や装身具のひとつひとつからは、生きるための「工夫」と、それに寄り添う「祈り」が伝わってきます。中には思わず見入ってしまうほど美しい土器もあり、集落の中にその美を担う役割の人がいたのかもしれない、と想像が広がります。

自然の恵みを分け合い、道具を大切にしながら、支え合って暮らす。そうした営みの積み重ねが、結果として争いの少ない社会を形づくっていたのではないでしょうか。

便利になった現代の暮らしの中で、私たちは多くのものを手に入れてきました。しかしその一方で、気づかないうちに大切な何かを手放してはいないか。1万年前の森は、そんな問いを静かに投げかけてくれているようですね。




投稿者プロフィール

はまだともみ

鹿児島(霧島市)生まれ、鹿児島育ち(鹿児島市在住)、鹿児島で子育て18年目。地元(鹿児島)愛が強めなworking motherです。 お仕事は中小企業で人事を担当。 趣味は、登山・料理・芸術鑑賞、時々ガーデニング(初心者)。 家を建ててから「照明」に興味がありDIYで自分好みの照明を作りたいな~と模索中!

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