下豊留です。
5月14日発売の週刊モーニングより、『だんドーン』の作者・泰三子先生による佐賀編スピンオフ『さがドーン~江藤新平と肥前の妖怪~』が掲載されています。
佐賀県は大変盛り上がっていますね!
永田町駅にポスター掲示をされたり、第1話に合わせて佐賀新聞さんで佐賀県知事と泰先生の対談が掲載されたり、県内の書店さんのSNSを拝見するとポップを作られていたりと、話題になっていることが伝わってきます。
佐賀に行ってきた知人からは「あちこちにポスターが貼られていたよ」と教えていただきました。
『だんドーン』の主人公は川路利良ですので、私は常日頃行くところ行くところで「鹿児島県民の皆さん、ぜひ『だんドーン』を読んでください!」とお伝えしております。
川路利良は誤解されているところがあるのでですね…
2027年西郷生誕200年・没後150年は勿論とても大事ですが、西郷没後150年ということは西南戦争150年ということですし、2028年は大久保利通没後150年、2029年は川路利良没後150年と続きますので、色々な角度から歴史を見直し伝えていきたいと思っているところです。

そして、『だんドーン』だけではなく、『さがドーン』もぜひ鹿児島県民の皆さんに読んでいただきたいのです。
佐賀と鹿児島はとても繋がりがあります。
今回は、世界文化遺産である「明治日本の産業革命遺産」関連のことをご紹介したいと思います。
「明治日本の産業革命遺産」は、構成資産が8県11市に点在しています。
鹿児島では、集成館事業関連が登録されていますが、集成館事業をすすめた薩摩藩主の島津斉彬公と佐賀藩主の鍋島直正公はいとこ同士なのです。
斉彬公の母と直正公の母が姉妹という関係です。
鍋島直正公が祀られている佐嘉神社にはアームストロング砲が展示してあります。


鹿児島が南の玄関口で外国の脅威にさらされやすかったように、佐賀は長崎警備を任されていたため、日本を守るためには近代化しなければという同じ思いを持っていたことでしょう。
島津斉彬公が祀られている照国神社の横にある斉彬銅像の台座には、斉彬公が進めたことの一つとして大砲が描かれています。
集成館事業でも佐賀には大変お世話になっています。
なかなか反射炉作りがうまくいかない時、斉彬公は担当者に「西洋人も人なり、佐賀人もひとなり、薩摩人も人なり」という言葉をかけて励ましていることから、当時の鹿児島の技術者は佐賀から勇気をもらっていたのではないかなと思うのです。
また、現在私たちが集成館事業の様子を知るには「薩州鹿児島見取絵図」という絵図が手がかりになるのですが、この絵図は佐賀の方が描いたものです。
佐賀の方たちが集成館事業の見学に来られたことがあるのですが、その際に集成館の様子を絵図にされています。
絵図が佐賀に残っていたからこそ、鹿児島の近代化への歩みを知ることができます。
佐賀から鹿児島いらっしゃった方たちの中に、佐野常民という人物がいました。
佐野は、あらゆる分野で活躍した人なのですが、精煉方という佐賀藩の理化学研究所で主任を務めています。
佐野常民の生誕地は、現在の佐賀市川副町早津江地区にあるのですが、生誕地の近くに世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産である三重津海軍所跡があります。

三重津海軍所は、佐賀藩の洋式海軍の拠点であり、船の修復をしたり海軍の教育をしたりする場所でした。
現在は工事中で立ち入り禁止ですので、整備が終わってからまた見学に行きたいと思います。


三重津海軍所跡の目の前には、「佐野常民と三重津海軍所跡の歴史館」という非常に分かりやすい資料館があるので、ここは是非マストで行っていただきたいです。

私が見学に行ったときには、解説の方に丁寧に説明いただきました。
ありがたかったです。
また、佐野常民は西南戦争が起こると、敵味方関係無く負傷兵を救護することを訴えます。
佐野は、パリ万博で赤十字の活動を知り感銘を受けていたのです。
そして、大給恒らと日本赤十字の前身となる「博愛社」を設立し、救護活動をおこないました。

他にも、鹿児島と佐賀は繋がりがありますのでまたご紹介できればなと思います。
『さがドーン』は、単行本化が決まっており、8月21日に発売予定です。
ぜひご覧ください!!
