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心を動かす活力を与えられる音楽

この記事は、2022年8月30日にカメラマンの湯之上元気がウェブマガジン【勝手に「霧島市肖像大使」】に掲載したものです。当時の情報が掲載されています。

ヤンチャして、音楽のために、がむしゃらに走り、自分を自分なりにアピールし、さまざまな時代を乗り越えて今があります!

「歌が好き!」それが自分の生き甲斐となり、今音楽活動をしています。

音楽をこよなく愛しているYoshinoさんをご紹介します。

高校2年の頃、クラスメイトの中にギターを弾ける友人がいました。

音楽の授業で、先生が「ギター弾ける人いるか〜?」と聞いた時に、その友人が唯一手を挙げ、弾き語りを披露すると、その日からクラス中の人気者になりました。

Yoshinoさんは、「そんなギター弾けるやつがかっこいいか?」と斜に構えていましたが、その授業をきっかけに、すごく人気者になった友人が羨ましく、じぶんもこっそりギターの練習を始め、昼休みになると音楽室に通うようになりました。

毎日必死に練習し、1年経たずにラジオ番組の高校生バンドバトルに出演、高校時代はバンド三昧の日々でした。

その後、バンド解散を機にソロ活動を始め、親の反対を押し切り、10万円の現金とギター1本を持って、福岡へ行く事を決意しました。

福岡に到着し、とある3人組みに出会います。その3人組が演奏している中に、アドリブで突撃参加をしました!もちろん、初めて会う3人組みです。

3人の弾き語りメンバーも「お前誰よ(笑)」と驚いた様子でしたが、そのまま演奏を続け、1曲終えると「いやいや(笑)君だれ?(笑)」という流れになり、「でも、おもろいから一緒にしよう(笑)」という事で、その日を機に意気投合し、一緒に活動をする事となりました。

その後は、バイトを頑張りながら、ソロデビューを目指して毎日必死に練習をしました!

しかし、メジャーデビューのチャンスを様々な事務所からいただけるようになったタイミングで、鹿児島に残した父親が交通事故に遭い、危篤だと連絡が入ります・・・。

気づくとYoshinoさんは特急列車に乗り、鹿児島へ向けて出発していました。ソロデビューの話を全て蹴り鹿児島へ戻ります・・・。

目を覚ました父親は、家出したYoshinoさんの事をずっと心配していたそうで・・・。

「おお、帰ってきたか・・・。もう、どこにも行くな」と静かに涙を流されたそうです。

その後は、鹿児島で就職をし、仕事を頑張っていましたが、どうしてもギターと音楽をやめられず音楽活動を再開する事にしました。

「俺がやりたいのは、一度に百人も千人も一万人も十万人もケツを叩けるような音楽をやりたい!」と思い、1秒でも早く、人前で歌わなければならないと思い決意します。

次の日にアポ無しで地元のテレビ局へ行き「一番偉い人と話がしたい」とフロントに詰め寄ると、警備員が出てくる事態に・・・(笑)

それでも、「伝えたい事があるから、とにかく、一番偉い人と話をさせてくれ!」熱意を伝えると、テレビ局の偉い方が時間を作ってくださりました。

Yoshinoさんは必死に「とりあえず、俺をテレビに出してくれ!1秒でも早く有名にならないといけないんだ!そしたら、多くの人にたくさんの影響を与えられるんです!」と話すと、テレビ局の方は驚いた表情の後、「お前面白いな!よし、わかった。番組を作るか!」と話が前向きに進み出しました。

その後も、FMラジオで週2回の冠番組や、漫才コンビを組み、お笑いの舞台に立つなど、様々な活動をする事ができました。

そして、集大成として、Yoshinoチョイス祭りという企画を霧島市で開催し、その時に、霧島市で開催するので、ご当地のアーティストさんにも出演してもらいたい!と思い、白羽の矢が立ったのが現在のパートナーであるMasaeさんでした。

当時は、色々と勘違いから始まり、お互いの印象が悪い状況からのスタートでしたが、現在は、音楽活動のパートナーとしてもですが、人生のパートナーとしても一緒に活動をしています。

これからも自分たちの音楽を少しでも多くの人に聞いてもらえるように、活動していきたいと思います。

Yoshinoさんの音楽への拘りは、「音」には、とてつもない力があり、日本語で用いられる五十音にはそれぞれ計算し尽くされた奇跡のような設計がなされています。これまでの人生を賭けて音の理(ことわり)を研究し、その強大な力の五十音を自分の感覚で配列しオリジナル曲を作成している事を自覚しています。

その音を全国へ旅を続けながら発信し、魂を磨き、”よしまさ(Yoshino & Masae)”の活動を通してたくさんの人を笑顔にしていきたいと思います。


Yoshino

「歌が好き!」それが自分の生き甲斐となり、今音楽活動をしています。

これからもたくさんのライブを通して、色々な人に出会い、少しでも多くの人々に自分たちの歌を届けたい!

Facebook:https://www.facebook.com/Yoshino3renkyu

Twitter:https://twitter.com/yoshino3ren


よしまさ『Yoshino & Masae』

HP:https://sanrenkyuyoshino.wixsite.com/yoshino-masae

YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCntJX0li7eaQetHGT5DvZ4g/featured


勝手に「霧島市肖像大使」は、カメラマンの湯之上元気が地元の霧島市で魅力的な人々に焦点を当てて制作しているウェブマガジンです。
https://genki.photo/

※カゴシマガジンに掲載している記事は、過去の文章を引用していますので、情報が正確でない場合がありますので、ご了承ください。


湯之上元気(https://yunoue.com)
(C) Genki Jenkins YUNOUE. | HJPI320510000052 (www.jpca.gr.jp)

投稿者プロフィール

湯之上元気|Genki Jenkins YUNOUE.

鹿児島県霧島市(旧:姶良郡福山町)出身 鹿児島を中心にカメラマンとして活動中 自身のウェブマガジン【勝手に「霧島市肖像大使」】では、地元霧島市の魅力ある人々をカメラマン目線で取材し掲載中 (C) Genki Jenkins YUNOUE. HJPI320510000052 (www.jpca.gr.jp)

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