こんにちは。
慶應義塾大学SFC研究所・上席所員の折田です。
現在、鹿児島県立福山高校で「福山みらい創業塾」というプロジェクトに関わっています。
今回は、世界にも名を馳せた超名門校「福山高校」についてご紹介します。

さて、この美しい門構えの建造物をご存知でしょうか?
県の有形文化財にも指定されている文化財「旧田中家別邸」です。

美しい庭園が広がっていますね・・・

近年は池の水は「水道水」を使っていたそうですが、最近になって昔ながらの天然湧き水に戻したそうです。

外国人観光客が見たら、涙を流して喜びそうな情緒ある風景です。


実は、この「旧田中家別邸」が、世界の超エリート校だった福山高校と大きな関わりを持っています。

この写真の「福山高校」の校門の横にある案内板
お気付きでしょうか?「福山中学校」と書いてあります。

そう、名門校とは「福山中学校」のことなのです。

では、なぜ福山高校と関係があるのか?
その歴史を少し紐解いてみましょう。

「福山中学校」は1918年(大正7年)に、福山出身の田中省三の私財によって私立学校として創設されました。
イギリスのバブリックスクールを模範にして、日本最新のパブリックスクール型の学校をつくるため、全国から特色をもつ教員を集めていたそうです。

初代校長(岩崎行親「いわさきゆきちか」)

また、西郷隆盛の「敬天愛人」の精神から、「敬天塾」という学生寮も設立して、先生と教師が共に寝泊まりをして学業に励んでいたそうです。

実学教育・英才教育を理念にした教育は世界各国に共鳴し、国内はおろか台湾など外国から優秀な生徒が集まり、その教育を受けた多くの卒業生が国内外の社会の先導者となっていきました。

国際的な学校となった「福山中学校」には、多くの著名な外国人が訪れていたそうです。
その際、最高のおもてなしをするために、学校の横に「旧田中家別邸」が建てられたそうです。

「和」と「洋」が同時に見られる素晴らしい建築物です。

「旧田中家別邸」の蔵には、福山中学校の貴重な資料が保管されています。

その後、福山中学校は1945年に県立に移管され、学制改革によって県立福山高等学校となり、更に牧之原高校と合併し、1987年に現在の福山高校となりました。

このように、超エリート校だった「福山中学校」は、福山高校のルーツでもあるわけです。

ちなみに、同じくイギリスのパブリックスクールを模範にした学校に「慶應義塾大学」があります。

福澤諭吉先生と西郷隆盛の関係を考えると、慶應義塾で「福澤の教育史」を研究していた私が、福山高校で「福山みらい創業塾プロジェクト」を担当することになったのは、何かのご縁?

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶと言います。
これから「福山みらい創業塾」で学ぶ福山高校生は、これらの誇り高き「福山高校・福山中学校」の歴史から、多くのことを学んで欲しいと思います。

投稿者プロフィール

orita慶應義塾大学SFC研究所上席所員
慶應義塾大学SFC研究所で上席所員として研究者と一緒に未来の教育を研究しています。
同時に鹿児島県立福山高等学校で「福山みらい創業塾」というプロジェクトに関わっています。
このカゴシマガジンでは、主に「教育改革・地域魅力化・産官学連携」について書いていきます。